あとからくる者のために - 歩きながら考える

終戦の日が近いこともあってか、この言葉を思い出していました。「念ずれば花ひらく」で知られる坂村真民さんの言葉。
 
福島原発の事故のあとにも、ネットでこの詩を紹介しているひとがいました。
 
 
今朝、自分の畑で、近所の方からこんなことを言われました。
 
「あんたも草枯らしをつかやあええのに。草枯らしをつかわんと、なかなか刈るのが追いつかんじゃろう」
 
まあ、そのとおり、かもしれません。ううむ。
 
 
少し遠い話から。
 
ネイティブ・インディアンの教えに、こういう言葉があります。
 
「われわれは、7代先の子どもたちのために、今何をしなければならないか考えて行動する」
 
7代先。だいぶ遠いですね。想像力を試される気がします。孫の、こどもの、そのまたこどもの、・・・世界。7世代先はあまりに遠いですが、真民さんのこの詩を思い出すとき、同時に思い出すネイティブ・インディアンの教えです。
 
あとからくる者のために、田畑を耕し、種を用意する。あとから来る者のために、山や川や海をきれいにしておく。
 
とても好きな詩です。
 
 
今ぼくは、広島県のとある島で、畑を借りてオリーブを育てています。
 
ぼくの住む島でも高齢化が進み、自分らの世代にはなかなか仕事がなく、島で育っても島を出るひとたちが多いのが現状です。
 
いわゆる耕作放棄地も増えています。かつて田や畑だった場所は、ひとの手が入らなくなり、森や林へと戻りつつある。そんな場所も多いです。
 
 
夏の時期ともなれば、島のホームセンターでは一番目立つところに除草剤が置かれています。
 
つい先日、アメリカにて、男性ががんになった原因として賠償を命じられたモンサント社の除草剤「ラウンドアップ」も、大ヒット商品として置かれています*。
 
除草剤を使う。気持ちはとても、わかります。草刈りはとても大変ですし、若い人が少なくなっているこの島ではなおさらです。ひとは便利さを求めます。便利さのために技術や科学は発展を遂げてきました。
 
 
唐突ですが。田や畑、森や林と、海と川はつながっています。ぼくはそう思います。
 
海に囲まれたぼくらの島。漁師さんから、「昔と比べてほんとうに魚が獲れなくなった」と聞いたことがあります。
 
原因は、もちろん、ひとつではないことでしょう。耕作放棄地の増加と除草剤の普及、魚たちの減少。この何十年かのできごと。
 
 
また違う話。このたびの豪雨のあと、土砂崩れのあった箇所を調べてめぐっている際、こんな光景を目にしました。
 
畑のうち、除草剤を使っている場所だけ土地がくずれ、その他の場所は残っていた。農家さんに話を聞きながら、自分の目で見ました。別々の場所で2件。
 
除草剤は根まで枯らすはずです。土地がもろくなっていたのでしょうか。とはいえ、水の流れなどが影響し、偶然、たまたまそうだったのかもしれません。
 
 
選択は自由です。ただし、人類はその英知として、「規制」という方法を設けてきました。
 
とある国では禁止されているものが、とある国では使用できる。公害、農薬・・・まあ、よくある話です。
 
 
なんだか話がカタくなってきましたねえ。
 
ぼくはここで、「○○主義」とか、「〜〜すべき」とか、そういうことを書きたい気持ちはありません。そして、「山をきれいに」と一言でいっても、「きれいに」という状態がなにを指すか。それも、ひとによって違うことでしょうね。
 
 
詩に戻ります。「あとからくる者のために」では、冒頭にこんな言葉が並んでいます。
 
「あとからくる者のために
 苦労をするのだ
 我慢をするのだ」
 
それはもしかしたら、「便利さにばかり目を向けちゃいけないよ」という、真民さんの想いだったかもしれません。まあ、勝手な解釈かもしれませんね。
 
 
こうして書きながらもうひとつ思い出したのは、山尾三省さんの遺言でした。
 
三省さんの遺言のひとつ。それは、このようなものであったと言われています。
 
「まず第一の遺言は、僕の生まれ故郷の、東京・神田川の水を、もう一度飲める水に再生したい、ということです。/あの川の水がもう一度飲める水に再生された時には、却初に未来が戻り、文明が再生の希望をつかんだ時であると思います」
 
 
長くなりました。もちろん、考えはまとまりません。でも。やはり、この真民さんの言葉は、印刷して部屋に飾りたいくらい好きだなあと思います。
 
あとから来る者のために。なにをするか。なにをのこすか。なにを継ぐか。「それぞれ自分でできる何か」を考えること。
 
 
∞∞∞∞∞∞∞ 
 
 
あとからくる者のために
 
苦労をするのだ
 
我慢をするのだ
 
田を耕し
 
種を用意しておくのだ
 
あとからくる者のために
 
しんみんよお前は
 
詩を書いておくのだ
 
あとからくる者のために
 
山を川を海を
 
きれいにしておくのだ
 
あああとからくる者のために
 
みんなそれぞれの力を傾けるのだ
 
あとからあとから続いてくる
 
あの可愛い者たちのために
 
未来を受け継ぐ者たちのために
 
みな夫々自分でできる何かをしておくのだ
 
 
「あとからくる者のために」坂村真民

「人生、苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」 - 歩きながら考える

小さいときから母が折につけ言っていたことです。
 
大人になって、すごいなあと思うのは、「苦あれば楽あり」というのは、確かに、友人や、小さいひと、誰かに伝えたいことなんですよね。「つらいことがあっても、きっとそのぶん、楽しいことがあるよ」って。
 
でも母は、「楽あれば苦あり」も言っていました。それはたぶん、「良いときがあるぶん、つらいときも来るかもしれないよ」ってことだろうし、「良いことばかりは続かないから、調子に乗りすぎないように」ってこととか、「良いときこそ感謝を忘れずに」とか、そういうことだったんだろうなと思うのです。
 
つくづく、いい言葉だなあと思います。
人生、苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。
 
そんなわけで、みかんの甘さと苦さをジャムにとじこめました 笑

 

そして花が終わったら - オリーブ栽培とあれこれの話

今日も快晴。畑作業がとても暑いです。だんだんと陽射しが凶暴になってきています。咳をしても暑い・・・笑 少しずつ体も慣れていきますかね。今日は午前だけ畑。耕うん、草刈り、草抜き、整枝と支柱の修正を。

 

花が終わった樹のなかには、早くも実を結んでいるものもあります。小さな小さな実の赤ちゃん。ピントがなかなか合いませんなあ 笑

 

 

これが秋まで少しずつ少しずつ大きくなって、皆さんが知ってるオリーブの実となります。

 

咲いた花のすべてがこうして着果するわけではありません。うまく受粉して、やっとこうして実になります。花が終わって、その跡がスカスカになっているものも多いです。着果率も、品種によって違うようです。花が咲いては喜んで、こうして小さな実を見つけては目尻を下げる。このまま、このまま。と心のなかでくり返し、順調に大きくなってくれるのを願うばかりです。

 

太陽と、風と、土と、(たぶん虫、)が育ててくれるオリーブの花や樹。「自然」を感じる瞬間こそ、こうした生き方の醍醐味かもしれませんね。そのなかで、ぼくら人間が出来ることはなんだろう。

 

なんて。ロマンチックなことを考えるときもあります。

花の咲く時期を考える - オリーブ栽培とあれこれの話

 

オリーブの花の開花時期です。あたりまえのことながら、オリーブの花は1年に1度だけの開花。栽培をしている人にとっては、嬉しくも待ち遠しい季節です。

 

樹齢を重ねてもなかなか花をつけない樹があったり、表年裏年の影響で花の数が変化したり、実もそうですが、花の数というのも毎年変わっていきます。栽培者は、ついた花の数で凡その収穫量を予想してみたり、予想などしなくとも「花めっちゃ多いやん」と嬉しい気持ちになったり、「少な・・・」と悲しい気持ちになったり。そんな、感情入り交じるのが花の季節です。

 

オリーブの花。

通常、開花はおよそ1週間と言われます。通説では受粉は「風」をたよりとします。通説では花に匂いが「ない」と言われていますので、通説では虫たちが花に集まりにくく、通説では「虫を媒介とした受粉が(あまり)ない」とされています。

 

ただね。これはあくまで自分的な感覚ですが、花がたくさん咲いている樹に近づくと、甘い香りがします。するような気がします。専門家のひとに訊いたところ、「それは錯覚です」と窘められたことがありますが、うーん。どうなんだろう。

 

また、畑にいると、オリーブの樹のなかを蜂たちがぶんぶん飛んでいるのがわかります。特にクマンバチあたりはせっせと蜜を集め、お尻が黄色くなっている姿を見かけます。

 

まあ、これらはあくまで自分が見たこと、自分的な感覚ですが。すべては錯覚かもしれません 笑

 

そして、花が咲いたら受粉です。通説では「オリーブは異なる品種の花で受粉(着果)します」と言われています。開花時期はおよそ1週間。しかも、品種によって開花時期はちょこっとずつずれています。

 

・・・ということは、「花が咲く時期」がぴたりと合うことが大事じゃん! と思いあたり、今年は品種ごとの開花チェックをしています。

 

 

市の展示圃と、市民の園地、そして2本の古木、6品種計20本を基準木として定め、開花状況をチェックしています。毎日。地道に。

 

そんなぼくが確認した今年の「開花一番」は5月17日。品種は「レチン」でした。こうして毎日花を見ていると、園地の場所によっても開花時期がずれていることがわかります。島の北側と南側、山側と海側。一概には言えませんが、園地の場所や地形などの条件が、開花時期にも影響しているんですね。同じ園地のなかだって違います。隣り合う樹だって違います。ま、そんなことあたりまえか。

 

ちなみに、ぼくの畑で一番最後に咲いたのがこちら。コラチナという品種でした。ちなみに鉢植えです。

 

 

色んな畑を見て回って、花の数としては、昨年より少し少なめかなあ、と感じていたりします。錯覚だったらいいのですが。

測ること、計ること、図ること - オリーブ栽培とあれこれの話

 

 「You can’t manage what you don’t measure
  測れないものは管理できない」
 
以前勤めていたファシリティマネジメント業で、親分が教えてくれたことのひとつ。つまり、「管理するなら測りなさい、数値化して見なさい」と。
 
直感も大切。直感ですべて見抜けるようになればそれが最高。そうなるために、あるいは、それを裏づけたり、確かめたり、支える意味でも計測や数値化は大事。
 

 

1ヶ月前に植えつけに行った小学校の苗木が、案の定で生育不良。葉っぱが茶色に。水はけの悪さが気になってはいましたが、やはり・・というかんじで。オリーブは素直。植える場所の条件が悪ければ、ええがに(良い具合に)育ってはくれません。

 

水はけを考慮して少し高めに植えたものの、こうなってはやはり水を逃がす工夫が必要だ、と思って溝を掘る。一度植えてしまったら最後、樹の植え位置を高くはできないので、他を下げる。低くする。ということで溝づくり。

 

園地の傾斜や水の流れが掴みきれないので、とりあえずぐるっと一周。植えている場所の広さ(狭さ)から、この距離しか取れなかった。溝の深さは、これの2倍くらいにしたいけど今日はここまで。ここに水が逃げてくれればいいが。さて、どうなりますか。

 

失敗して、試して、学んで、確かめて。人生はいつもトライアンドエラー。日々勉強。